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タテとヨコで電力自由化を進める
日本での自由化を考える上では「タテ」と「ヨコ」の2つの方向から自由化の可能性を検討する事が重要です。
すなわち、電力会社の選択と需要家側の電力供給と言う二方向の視点から自由化を考える必要があるのです。
タテ[供給サイド]の自由化
まずは2,000kW以上の特別高圧、500kW以上の高圧、50kW以上の高圧へと、電圧をタテに降りてきた自由化を50kW以下の家庭にまで貫徹します。いわば、供給者と需要家の上下につなぐ「タテの自由化」が出来上がります。この点については、「電力システム改革専門委員会」により改革案が示されています。また、スマートメーターのデータを需要家の所有とすれば、需要データを使用したサービスを自由に提供できるようになります。
消費者に購入する商品の選択肢を提供するという方向も考えられます。多少料金が高くとも、再生可能エネルギーが出来るだけ多く含まれた電気を選択したい、と言う需要家のニーズも少なからずあるのではないでしょうか。このように、時代遅れの「タテの自由化」にも、アイデア次第でいろんなビジネスが生まれる可能性があります。
そのうえで、日本が世界に先んじるために必要なのが、需要家同士で電力を自由に融通できる「ヨコの自由化」のための制度設計になります。
ヨコの自由化
例えば、太陽光発電を設置した家庭が、昼間の余剰電力を空調・冷凍需要の大きいスーパーに売ることが出来ればお互いにメリットがあります。
電力を販売してくれた需要家には割引サービスを提供する、などの組み合わせでスーパーの商品力を上げることもできます。電気を途切れなく必要とする病院がコジェネレーションを常時運転することで、住宅街に電気、温浴施設に温水を供給する一方で、緊急時には地域の蓄電機能が病院をバックアップする、と言うシステムも考えられます。あるいは、昼間は家庭の太陽光が学校に電気を供給する一方で、学校の自家発設備を使用し家庭の電気をバックアップする、と言うこともできます。
さらに、生活圏で電気を相互融通するシステムに、オフィス街で消費電力以上に発電するポジティブ・エネルギー・ビルを組み合わせれば、都市から郊外に電気を送れるようになるかもしれません。地域の事情ややる気によって、様々な可能性が生まれます。一つ一つの需要家は小粒でも、地域としてまとめることで大きな供給力を作り出す事が出来るようになります。
1977年に「ソフト・エネルギー・パス」で分散型エネルギーシステムを提唱したエイモリー・ロビンスは、2002年に「スモール・イズ・プロフィタブル」で、小さな需要家が集まった電力供給システムの可能性を提唱しました。技術的に見れば、こうしたシステムを実現するための基盤は出来上がっています。
ヨコの自由化の実効性
一方で、「小規模な需要家はエネルギーに関する知見が十分でない」と言う課題もあります。そこで、彼らのエネルギーのやり取りをサポートする機能として期待されるのが「シェア・サービス・プロバイダー」と言う機能です。
多数の需要家を束ねて効率的な電気の利用をサポートし、外部の市場と結ぶ等の役割を担っています。各世帯の小さな電力をまとめて、蓄電池などで出力したうえで外部の需要家や電力会社に販売したり、まとまった量の電力を安く調達して各世帯に販売する、と言ったサービスを行います。家庭だけでなく、工場やオフィスビル、チェーン店などを束ねる事も考えられます。太陽光発電や燃料電池などの小型分散型電源が普及し、ヨコの自由化のための環境が整備され、シェア・サービス・プロバイダーが登場すれば今までにない新しい電力市場が出来上がります。ただし、そのためには具体的なビジネスモデルが必要となるのです。
マンションでの例
マンションでは、すでに各戸で使用する電力を電力会社から一括で安く購入する「一括受電サービス」なるものがあり、大手不動産や通信会社が市場参入しており、急速な伸びが期待されるビジネスとして評価されています。これからは電力会社から購入するだけでなく、小型分散型発電を使用し、発電を行い需要コントロールと合わせて自律的なエネルギーシステムを立ち上げることも検討されています。こうしたモデルがいくつも組み合わされることでヨコの自由化が進んでいくのです。
ヨコの自由化を阻む半世紀前の価値観
「ヨコの自由化」を支える制度が不十分なのは、1964年にできた現行の電気事業法が大規模集中型のエネルギーシステムを前提に作られているからです。需要家と供給者が1対1の関係で電力需給契約を取り交わすことが電気事業法の前提でした。エネルギーシステムに巨額の投資を行うこととエネルギーの玄人が運営することを前提とした、二重投資を排除しようとする仕組みでもあります。そこでは、分散電源はいわばパラサイトであり、大規模集中型のエネルギーシステムに悪影響を与えない、と言うことが最優先されてきました。
しかし、昨今では分散電源の性能が上がったことで、需要家は単に電気の利用者であるだけではなく、供給者でもあるようになりました。ITは1960年代には想像することもできなかったほどに成長を遂げています。スマートハウスの販売が好調なように、需要家サイドでも電源を持ちたい、と言うニーズが生まれています。半世紀も前の価値観を捨て去らないことには、こうした時代の流れを受け止め、変化していくことはままなりません。効率的でリスク耐力のあるエネルギーシステムを作るには、需要家でもあり供給者でもある、需要家を電気事業の中にしっかりと位置づけ、需要家間の電力の融通を自由にできる環境を作らないといけません。
需要家サイドの産業創造
過去の電力自由化では、限られた市場を電力会社と新規参入者が奪い合う「ゼロサムゲーム」の構造に陥ったことが競争性のある市場作りの妨げとなっていました。電力市場の自由化を進めるためには、電力会社・新規参入者双方が潤う新たな領域が必要になります。「ヨコの自由化」を進めたければ、エネルギー分野だけでなく、自動車・住宅・電機・IT等の分野の企業を巻き込み、エネルギーネットワークを軸としたビジネスのプラットフォームを創出することが出来ます。例えば、住宅街を対象としたモデルは、国内市場はもちろん、海外のスマートシティに向けたインフラ・システム輸出の商品にもなるはずです。日本はエネルギー分野の技術について国際的に高い評価を得てきましたが、近年その地位が揺らぎつつあります。大規模発電では中国・韓国の追撃を受け、分散電力でも太陽電池については中国・台湾などのメーカーに対してコスト競争力を保てなくなっているなど、技術単体で高い競争力を得ることが出来なくなりつつあります。そうした中、ヨコの自由化を進めることは日本の従来のエネルギー事業の概念にとらわれない、発展性の高い市場を作ることにつながります。市場の大きさから考えても、エネルギー分野での「他国に先んじた規制緩和」は有効な成長戦略となるはずです。